総合診療ひとり研究会

総合診療を極めたい若武者の個人的戦闘日記

Google診断Excellence その1-1 メキシカンな失神

Google診断ExcellenceはNEJMのclinical problem solvingをベースに私Dr.Dotetinが勝手な実況をつけて診断に迫ってみるというだけのものです。

EMS call

ID:35歳 男性

主訴:サッカーのプレイ中に失神

 

≪実況≫

若年男性の運動中の失神のようですが、まずはこの一過性意識消失発作が本当に失神なのか確かめる必要がありそうです。

失神なら基本的には意識消失時間は長くて数分で、覚醒後の意識レベルは意識消失前と同じレベルまで戻ります。意識レベル低下が遷延するようなら意識障害を考えます。

救急隊や目撃者には、意識消失時の詳細な状況と、意識消失の持続時間と意識回復後の意識レベルを確認したいです。意識消失時に合併外傷がなかったかも追加で聞きたいですね。

本人には今まで同様のエピソードがなかったか、意識消失前後の記憶があるか、既往歴や内服歴、突然死・心疾患の家族歴も大事ですね。

患者が到着したら、まずABCDEの評価とvital測定をしますか。12誘導心電図も早いうちに撮っておきたいですね。採血ではHbや電解質を見て、意識障害であれば更に血糖、NH3、BUN辺りも評価が必要そうです。

身体所見はhead to toeで、心原性を考えるなら特に心雑音の聴診が大事

エコーで心臓の評価や、腹腔内出血の評価も

 

◎失神

失神とは大脳皮質全体の脳血流低下によって生じるもので、①瞬間的な意識消失発作 ②姿勢保持筋緊張の消失 ③発作後意識レベル正常 というのが定義です。

覚醒は脳幹網様体→大脳皮質全体の投射経路により成立するので、TIAのような局所的な虚血では失神しないというのがわかります。(脳幹の虚血は例外)

失神の原因は大きく分けて3つ

  1. 心血管性:不整脈ACS、心筋症、AS、大動脈解離、肺塞栓、SAH
  2. 起立性低血圧:失血(消化管出血等)、自律神経障害(糖尿病、パーキンソン病等)、薬剤性(降圧薬、アルコール等)
  3. 神経調節性失神:迷走神経反射、状況失神、頸動脈洞症候群

心血管性は予後が悪いので確実に除外する必要がある。

起立性低血圧もショックの前兆の可能性あり、出血源がないか確認

迷走神経反射は嘔気・発汗・tunnel visionといった前駆症状がある

 

意識障害

AIUEOTIPSによる鑑別が有名だが、個人的には上田剛士先生考案の3×5記憶法がお勧め

  1. Do DON'T(Dextrose, O2, Naloxone, Thiamine):①低血糖、②低酸素(ナルコーシスやCO中毒も)、③Vit.B1欠乏(ウェルニッケ脳症)
  2. Vital signs:①低血圧(心原性ショック等)、②高血圧脳症、③偶発性低体温症
  3. 血液検査:①電解質異常(低Na, 高Na, 高Ca)、②尿毒症、③肝性脳症
  4. 頭部CT・MRI、脳波、髄液検査:①頭蓋内疾患(脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍等)、②てんかん、③髄膜炎脳炎
  5. その他:①薬剤性(アルコール含む)、②稀な疾患(内分泌疾患、ポルフィリン症、TTP等)、③精神疾患

 

【問診情報】

  • 意識消失は数秒間程度で、意識消失前に短時間のふらつきがあった
  • 意識回復後、吐き気・発汗・胸痛・呼吸困難はなかった
  • 外傷はなく、尿失禁・便失禁はなし
  • 目撃者曰く、強直間代発作はなかった
  • 失神やふらつきの既往はなし

≪実況≫

エピソード的にはやはり失神の可能性が高い

迷走神経反射は立位で前駆症状を伴って起きるのが一般的だが、座っている時や寝転がってる時、運動している時に起こる失神では心疾患由来を考える。

痙攣はなく、失禁もないので、発作(seizure)は否定的。

心原性失神を除外する上では、San Francisco Syncope Ruleが有用。

San Francisco Syncope Rule

C:congestive heart failure history(うっ血性心不全の既往)

H:Hct<30%

E:ECG or cardiac monitoring abnormal

S:Shortness of breath history(息切れ・呼吸困難)

S:sBP<90 mmHg

1項目でも満たせば、7日以内に重篤なイベント発生

(感度98%、特異度56%)

 

【追加情報】

  • 内服薬なし
  • 喫煙や違法薬物の使用もない
  • 機会飲酒
  • メキシコ生まれで10代でアメリカに移住、妻と西マサチューセッツ州に住んでいて、酪農家の仕事をしている
  • 特に既往歴はなし
  • 母型の祖母と母型の叔父は65歳で突然死(既知の心血管疾患なし)
  • 5人の兄弟と3人の子供がいて、みんな元気

≪実況≫

突然死の家族歴もあって、やはり心疾患が背景にある可能性を考える。

→突然死の年齢的には家族性高コレステロール血症も気になるところ。

特に既往がないので、これまで拾い上げられていない心疾患が隠れている?

→心エコー、ホルターでの評価は必要。運動負荷試験も考慮。

内服はないので薬剤性(QT延長含め)は否定的。

 

【追加情報】

  • バイタルサイン正常
  • 身体所見では明らかな異常なし
  • 心電図正常
  • 心エコーでは器質的異常なし

イベントモニター付けて帰宅して2週間後、サッカーをしているときに、300bpmの単形性wide complex tachycardiaが出現。

軽度の呼吸困難と頚部不快感あり。

胸痛、動悸、ふらつきはなし。

→精査・管理目的に入院

 

≪実況≫

心原性失神かもしれない人を帰してしまうことの怖さがわかります、、

単形成のwide complex tachycardiaは主に3つ

  • 心室頻拍
  • 変行伝導を伴う上室性頻拍
  • 早期興奮を伴う上室性頻拍

まずはVTを考える、若い人ならPSVTの可能性もあるけど、まずはVT。

→虚血性心疾患や器質的心疾患の検索も重要

VTの診断では、房室解離所見が有用

→VT波形の中にP波(sharp notches)を見つける

【追加情報】

  • CAGでは異常なし
  • 電気生理学的検査では、左心室心内膜外側由来のVT
  • 心内膜電圧mapでは病的意義のある瘢痕なし
  • 高周波心内膜アブレーション後、VTは誘発されなくなった

≪実況≫

器質的異常は特に確認されず特発性心室頻拍の診断になりそうです。

特発性心室頻拍は運動や精神的ストレスで誘発され、発作性で自然に洞調律に戻る傾向があります。失神を伴うのは非典型的ではありますが、ないわけではないです。

とは言え、特発性心室頻拍はあくまで除外診断です。器質的異常をより正確に評価するなら心臓MRIも考慮します。

 

さて、ここまでの経過をproblem listsにしてみると

#1. syncope (exercise-induced)

#1-1. monomorphic wide-complex tachycardia (endocardial, inferolateral focus)

         idiopathic ventricular tachycardia s/o

         structurally normal heart, non-ischemic

#1-2. family history of sudden death

といったところでしょうか。

 

日本にいると、人種とか居住域への配慮というのが比較的忘れがちになりますが、やはり世界相手だと重要になりそうですね。きっとメキシコ生まれとか、そういうのも大事になってくるんです(忖度)

NEJM様がメキシコという情報を推してらっしゃるので、ventriculra tachycarida, Central America(中米)とでも検索してみます。

 

Chagas' diseaseが検索上位に表示されました。

メキシコ含め中南米育ちの人ではChagas病も重要な鑑別として上がるみたいです。

Chagas病は伝導異常が先行して起こることが多いようですが、本症例の場合は伝導異常を示す所見はありませんでした。

 

続きは次回に。

 

 

目指せGoogle診断Excellence

総合診療医を志すものなら、やはり難解な症例の謎解きというのは非常に魅力的な部分です。私自身は不定愁訴が好きで総合診療を志したわけですが、それでも難しい症例を見るとわくわくせずにはいられません。

ただ、実際NEJMのClinical Problem Solving(CPS)等を解いていたりすると、最終診断に驚きを覚えると共に、こんな患者が目の前に来ても診断できる気がしない、となってしまいます。そもそも最終診断を鑑別にすら挙げられていないことも多々ありますから。でもです、現代を生きる我々にはGoogle先生という心強い味方(もはやチートキャラ)がいます。Google先生は正直世界のどんな先生よりも知識が豊富ですし、だれでも無料で友達になってくれるという最高の存在です。だったら、Google先生の力を借りれば、NEJMのCPSだって解決できるんじゃないかと思うわけです。

ティアニー先生の一番弟子といわれるダリワル先生は、「たいていの診断はGoogleの3ページまでにでてくる」と言っているくらいです。

もちろん、むやみやたらに調べても上手くはいきません。しっかりとした情報収集と、医学的な情報の整理は絶対条件です。ということで、Google診断Excellenceを目指すための要素を整理してみようと思います。

 

①情報収集:問診、身体診察、各種検査

②得た情報を医学的用語に変換して、プロブレムリストを作成

Google先生の力も借りて鑑別を列挙

④鑑別の比較→診断

こんな流れになります。Google先生の力を借りるなら②が非常に重要になります。

得た情報を検索ワードとしてただ打ち込むのではなく、医学的に情報を吟味し、診断の上で重要になる情報を適切な医学用語に変換します。

それと検索結果を最大限に活かすためには、しっかりとした病態予測が土台になければなりません。

個人的にはTOYOTAのKAIZENのように5回のWhyを繰り替えすことをお勧めします。何回も自問自答を繰り返して真相に迫っていく感じです。

解剖・生理に基づいた病態の理解と、適切なProblem listsの作成。これに尽きるのではないでしょうか。

 

 

ちなみに、本当に検索で上手くいくのか、一つ例を出してみましょう。

40歳男性が救急外来を受診

「なんか急に指が痛くなって、指の色も紫っぽくなって、腫れてもきました。前の病院で色々検査はしてもらったんですけど、特に異常ないって言われてしまって。。。」

その指の写真が下のような感じです(

Figure 1:

血液検査で膠原病スクリーニングしても異常なしと。

上記の内容で重要なのは、

突然発症の手指痛、色調変化、腫脹、そしてL/D正常

英語で調べてしまう方が、手っ取り早いので、

sudden onset finger pain, discoloration, swelling, L/D no abnormal findings とでもしましょうか。

はい打ち込んでみました。検索結果を見てみましょう。

1ページ目から、Achenbach syndromeが並んでいますね。

ちなみにこの症例は、、

そんな感じで、私みたいな凡人研修医でもネットの力があれば、NEJMのCPSだって果敢に立ち向かえるのじゃないかと思うわけです。

ということで、これから色んなCPSを個人的雑感と共に吟味していこうと思います。

総合診療って、なんなんだ

「総合診療って何なのか教えてくれ」と言われたら皆さんはなんて答えますか?

なんでも診られる内科医(ジェネラリスト)、難解な症例を解き明かすスーパードクター、地域に寄り添う家庭医等々、色んな答えがあると思います。

 

ちなみにWikipediaには次のように記載されていました。

『あまりにも専門化・細分化しすぎた現代医療の中で、全人的に人間を捉え、特定の臓器・疾患に限定せず多角的に診療を行う部門。また、外来初診の「症状」のみの患者に迅速かつ適切に「診断」をつける科でもある』

 

各診療科への割り振りも、診断がつかない難解症例の対応も、専門科が見たがらない疾患(専門の狭間にいる患者さん)の管理も、どれも総合診療医の役割だと思っています。どの部分のウェイトが重いかは地域や病院によって変わりますが。

 

自分にとって本当に目指すべき総合診療医の姿とは何なのか、色んな専門科の先生方からの総合診療に対するディスリに耐えながら悩み続けました。

ただ、有難いことに私は出会いに恵まれ、日本では知らない人がいないくらいのジェネラリストの先生方や、まだ知られてはいないけど戦闘力がバカ高い先生方との交流の中で、ひとつの自分なりの答えを見つけました。

 

もし私が総合診療医を定義するなら次のようにします。

『解剖・生理に基づいて俯瞰的に病態を把握するスペシャリストで、専門科が最高のアウトカムを出せるような土台を築ける医師』

 

なんだ、そんなの当たり前じゃないかと、何を今更言っているんだと、そうお思いのことでしょう。でも、果たして本当に忠実にこれを実行できる総合診療医が日本でどれだけいるでしょうか。

 

例えば、総合診療界隈の勉強会やカンファといえば、難解症例の臨床推論がメインです。症例のプレゼンテーションからパネリストが知恵を振り絞って、難しい診断名を口々に答えていきます。

もちろん、臨床推論は総合診療の醍醐味の一つではあるのですが、それは土台がしっかりあってこそです。commonな疾患、criticalな疾患を正確に評価できて初めて、例外的な疾患の検討へ進めます。例外はあくまで例外であり、それを認知していないとバイアスに足元をすくわれます。

総合診療医は知識が豊富で色んな分野の疾患に対応する分、バイアスに脆弱で、下手な知識は診断をあらぬ方向に持っていったりします。

そういった危険から総合診療医を守ってくれるのは、やはり基本的な解剖・生理の知識です。仮に正確な病名をつけられなくても、患者さんの身に何が起きているのか・ヤバいかヤバくないかを評価できていれば、少なくとも大負けすることはありません。

土台がないのに高いところへジャンプしようとすれば、うまく到達できなかった時に着地で大怪我をしてしまいます。

当たり前を当たり前にこなせないと他科からの信頼はいつまでも得られないはずです。

 

そして、総合診療を考える上でもう一つ重要なのは、専門科との連携の上で成り立つということです。

何でも診られるというのは、何でも診続ける・囲い続けるということではありません。病態の評価をして、速やかに専門科に繋いで、最高のアウトカムを患者さんにもたらす必要があります。

これを言うと、専門科の先生方から、結局専門に診てもらうなら総合診療いらないじゃん、救急科でいいじゃんと言われてしまいそうですね。

しかし、高齢化が進み、multimoribidityが当たり前の時代で、専門科だけでの管理は確実に患者さんの予後を悪くします。専門的疾患の治療以外のnon criticalでcommonな部分は、なんとなくで済まされているところが多いです。(ロキレバとか眠剤とか、、)

そのなんとなくを、なんとなくで終わらせずにしっかり突き詰めて、美しく管理するのが総合診療医の役目です。完璧な土台を整えれば、専門科も余計なことを考えずに済みますし、何より患者さんにとってベターな予後が待っているはずです。

地域医療では特に専門科の先生が少なくて一人当たりの負担が大きいですから、総合診療医が専門科の負担を減らすのは、sustainableな医療を実現する上で非常に重要です。

また、総合診療は確かに救急的な素養も必要ではありますが、救急と明確に違うのは予防やアフターケアも求められることです。今の状態を適切に評価して、何かが起きる前に予測して先手を打てるのが総合診療医の強みの一つです。(これも個々の患者さんの解剖・生理に基づいた評価が為せる業です)

 

日本の総合診療の定着度合いは世界に比べると何周も遅れていて、個々人の能力のばらつきも大きく、役割もあやふやなところが多いです。

実際、総合診療という分野に懐疑的な考えを持っている先生方の方が多数派なのではないでしょうか。

だからこそ、私は総合診療医としての戦闘力を高められるだけ高めて、総合診療はこんなに凄いんだぞと証明してやりたいです。

日本の総合診療の発展に尽力されているレジェンドたちのバトンを受け取って、次に繋げるという使命を、勝手に自分に課しています。